風が薙ぐ。
と、それに揺らされて風鈴がちりん、と鳴った。
毎日毎日が暑くて、見たくも無い陽炎などが熱せられた道路に浮かんでいたりするけれど。
不思議。
その涼しげな音ひとつで、心が静まる。










あかねさす、残暑の折に










ちりん。
風鈴の音にふと気が付いて、蓮は読みかけの本から顔を上げた。
珍しくが興味を示して日本から買ってきた、夏の風物詩とも云える其れが、風に揺れている。
その下に視線を移せば。

「………?」

無意識に声が零れてしまった。
この暑い中、幾ら風が心地良いからといって。
窓際で、壁に凭れて普通に眠れるだろうか。

驚いた。

「………」

この暑い中で、一体どんな神経をしているんだと呆れつつ、再び本へと意識を戻す。
―――――だけど。
気付いたら、目が、泳いでいるのがわかった。















小さく舌打ちをすると、蓮は眼鏡を外し、傍の棚へ置く。
其処に本も置いて、極力音を立てないようの隣へ腰を下ろした。
そして、何とはなしに顔を覗き込む。
長い睫毛が、頬に影をつくっていた。
普段のあの澄ました顔が、酷くあどけなく映った。

―――見惚れてしまう。

そんな自分に気が付いて、蓮は溜め息をついた。重症にも程がある。















「」

普段ならば「何?」と首を傾げながら返す彼女は、
今は   穏やかに睡眠中。


















不意に窓の外へ目をやれば、ほんのりと赤く染まり始めている。
幾ら夏とは云え、暗くなれば気温も下がる。
もう一度、蓮は溜め息をついて。


「起きろ」


低く、呟いて。












口唇を、重ねた。
今は只、息をするだけの其れが、何とも頼りなく感じて。
そっと、包み込むように。



口接けた。

















「……――蓮、…?」

その長い睫毛が上がる。
奥から現れた 瞳が、ゆるりと蓮を見つめた。

「起きろ。風邪をひくぞ馬鹿者」

眠たげに数度瞬きを繰り返す彼女の、その髪をそっと梳く。
其れに気がついたが、少し、微笑んで。

「…今、何時?」
「知らん。だがもう夕方だ」
「……ほんとだ…」
「貴様でも昼寝はするのだな」
「………ん。眠い時には、眠る」
「―――そうか」
「……?」

頷く蓮が、何だか。
微かに、本当に微かながら、笑ったのを見て。
何か嬉しい事でもあったのかと、は内心首を傾げた。

「行くぞ」
「あ、うん」

棚の上の眼鏡と本を取り、既に扉の前に立っている彼に、慌てて駆け寄る。
パチン、と部屋の明りを消して、其れを後にする。
もうすぐ夕餉時。
二人、薄紅に染まった廊下を歩く。

















「―――風鈴」
「?」
「偶には、いいものだな」
「……う、うん?」







―――真夏の或る日のことだった。